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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)142号 判決

アメリカ合衆国デラウエア州

ウイルミントン九八、

マーケットストリート一、〇〇七番

原告

イー・アイ・デユポン・デ・ニモアース・エンド・コンパニー

代理人弁護士

小田島平吉

復代理人弁護士

新長巌

代理人弁護士

深浦秀夫

被告

特許庁長官

佐々木学

指定代理人

渋江光友

外一名

主文

特許庁が、昭和三三年抗告審判第一、四四三号事件について、昭和三五年六月九日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一〈略〉

第二 原告の請求原因

一  〈略〉

二  本件発明の「特許請求の範囲」(昭和三五年三月二五日訂正のもの)は、

(但し、式中Rは一個又は二個の炭素原子を有するアルキル基、Xはハロゲン、nは一、二又は三であつて、Yは水素又は一〜四個の炭素原子を有するアルキル基で、芳香族置換基は少くとも一個の未置換オルソ位置を有する)によつて示される一―(ハロフェニル)―一―アルキル三、三ヂメチル尿素を有効成分として含有することを特徴とする有害物抑制組成物

である。

三  これに対し、引用発明は、一九四九年一二月六日アメリカ合衆国にした特許出願等にもとづく優先権を主張して、昭和二五年一二月五日特許出願したもので、その「特許請求の範囲」は、

但しArは芳香族基、Xは酸素又は硫黄で窒素原子の三個の結合手の中一個、二個又は三個全部が炭素数一乃至三を有する一価脂肪族炭化水素基に結合し窒素の残余結合手は水素と結合している

を有する尿素多置換体の一種又は二種以上に界面活性剤を加え又は加えないものと稀釈剤の一種又は二種以上とからなることを特徴とする殺草性組成物

である。〈以下略〉

理由

一原告の請求原因一ないし四の事実(特許庁における手続の経緯、本件発明および引用発明の「特許請求の範囲」等ならびに本件審決の要旨に関する事実)は、当事者間に争いがない。

二右争いのない事実および〈書証〉によれば、本件発明および引用発明の要旨は、各「特許請求の範囲」に記載されたとおりのものであると認めることができる。

そして、本件発明の有効成分である一―(ハロフェニル)―一―アルキル―三、三―ヂメチル尿素が、引用発明の前記一般式で示された尿素多置換体に包含される化合物であることは明らかであり、また、この化合物が、引用発明の明細書中に例示化合物として具体的に記載されたものでないことは、当事者間に争いのないところである(むしろ、引用発明においては、本件発明の右化合物のごとき「芳香族基に結合する窒素原子に水素を結合していない尿素化合物」は好ましくない、とされていること、……明らかである。)。

三ところで、引用発明が「殺草性組成物」であつて、従来の合成化学薬品では根絶せしめえなかつた抵抗力の強い雑草をも有効に除去しうる殺草効果を有するものであるに対し、本件発明は「有害物抑制組成物」であつて、引用発明の化合物中から前記特定の化合物を有効成分として選択することによつて、引用発明の組成物が単に除草(殺草)効果だけしか示さなかつたに対して、除草効果だけでなく、殺虫、殺菌および殺ダニの効果をも兼ね備えるに至つたものであることは、……明らかである。すなわち、引用発明は、その構成要件として「殺草性」組成物という用途の特定があり、その組成物は単に殺草の作用効果を有するものであるに対し、本件発明は、その構成要件として「有害物抑制」組成物すなわち(それは明細書の記載に徴すれば)「殺草、殺虫、殺菌、殺ダニ性」組成物であることの特定があり、その組成物は殺草、殺虫、殺菌、殺ダニの作用効果を兼備するものであるということができる。

四そして、このように、本件発明の有害物抑制組成物は、引用発明の明細書のうちに一般式で示された上位概念に包含される化合物を有効成分とすることを特徴とするものであるけれども、引用発明の明細書は、具体的にはこの化合物を記載しておらず(かえつて、この化合物を好ましくないものとして排除する趣旨が窺われ、)、かつ、前記の一般式において特定の位置における特定の基および元素の組合せを選択することによつて、殺草性に加うるに、殺虫、殺菌等の特徴ある性質を有することによつて、殺草性に加うるに、殺虫、殺菌等の特徴ある性質を有することについて何ら言及するところがないのであるから、本件発明の化合物は、引用発明の明細書の記載から予測することのできないものであるというべきであり、このような特徴ある性質に基づいて、本件発明は、引用発明の予測しえなかつた新たな用途を開拓し、その使用範囲の拡大を図ることを目的とするものであるから、その技術的思想において、引用発明とは別個のものがあるといわなければならない。

五被告は、この点に関し、発明の異同は構成要件の異同に基づいて判断すべきものであるが、構成要件からいえば、本願発明が引用発明に包含されることは明らかであり、作用効果から両発明の異同を論ずることは無意味である旨主張する。もとより発明の異同は、その構成要件に基づいて判断すべきものであることは、いうまでもないが、本件発明と引用発明とは、その構成要件上、引用発明が上位概念で示される化合物を有効成分とする殺草性組成物を、本件発明が下位概念で示される化合物を有効成分とする殺草、殺虫、殺菌、殺ダニ性組成物を、それぞれ特定している点で区別の存することは、前記のとおりであるから、両者はこれを別発明とみるのを相当とし、被告の右主張は理由がないものというほかはない。(もつとも、本件発明の化合物が引用発明の上位概念の化合物中に包含され、両者が殺草性を有する点で一致するために、本件発明のものが引用発明の技術的範囲に属するかどうかの問題がありうるけれども、このことは両者が別発明とみるべきものであるかどうかとは関係がない。)。

六以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があることを理由に本件審決を取消を求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(三宅正雄 杉山克彦 楠賢二)

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